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痛ましい事件に想うこと 後編

痛ましい事件に想うこと 前編』で取り上げた、当該事件の犯人の気は知れないし、賛同する気もさらさらない。

だが、しかし……。
もしかしたら、だ。
家の敷地内または家の壁に残された日常的な犬様の排泄物に、犯人は迷惑を被っていたのかもしれない。
だとするならば、その仕返しという意味合いも含まれているだろうし、飼い主様側のマナー問題の側面も問われるべきであろう。

町を歩けば、犬様の排泄物を路上にそのままにして立ち去っていく飼い主様を、確かに見かけることがある。
メビー・ラックが店舗を構えている付近に位置する井の頭公園の運動広場には、犬様をノーリードで遊ばせるというマナー違反を犯し続ける飼い主様が少なくない。
しかも、集団だったりする場合は注意をしても強気で罵声を浴びせてきたり、無視して逃げていくから余計に厄介者たちである。
もちろん、マナーを守っている飼い主様方も多い。
だが、中には、子どもたちも寝転んで遊ぶその運動場に犬様がした排泄物を、平気で残していく輩までいる有様だ。

公共の場所なのに、ノーリードで犬様を自由に遊ばせることを”犬想い”だと主張する彼らの行為は、かえって、犬様が人間社会で暮らすことを不自由にしている。
そのことに考えが回らない彼らには、まったくもって呆れるばかりだ。

さらには。
犬様を連れて狭い歩道を歩く飼い主様の中にも、思いやりに欠ける人物がいる。
ゆっくり歩かれているご年配の方やお子様連れの方がすれ違う際でも、避けたり立ち止まったりせず、我が物顔で犬様と歩き続ける輩のことだ。
そういう人物は犬様の安全は度外視で、どこであろうが信号無視の横断をすることもしばしばだったりする。

猫様を自由外出させている飼い主様にも、同じことがいえるだろう。
猫様を自由に遊ばせることを”猫想い”だと主張する彼らは、自分の猫様が人様の敷地内や所有物に排泄をしてしまうご迷惑には、想像が及ばない。
付け加えれば、猫様の自由外出中に起こり得る交通事故や、毒入り餌を食べてしまう危険にも、どこか他人事である。

まったくもって。
”うちの子は大丈夫”という根拠のない過信には、言葉を失うばかりだ。

ご自分のペット様について、”家族同様の愛おしい存在である”という価値観を持つならばこそ、飼い主様はマナー問題にも目を向けるべきである。
愛おしいご自分のペット様が、人様から不必要に嫌われたり避けられたりする存在にならないためにも、尚更だ。

日本の現代社会では、ペット様が苦手な人とも互いに尊重し合い、同じ社会の中で共存して生きていけるようにしていかなければならない。
それを実践することが、不幸なカタチで亡くなってしまったペット様方に対する私なりの哀悼だ。
和歌山市の路上で、道に落ちていたウインナーソーセージを口にして亡くなった犬様も含め、せめて、彼らが安らかに眠って頂ければと願う。

〈続く〉

あなた様とあなた様の大切な存在が
今も明日もLucky Lifeを送れますように

富山桃吉