「不安を抱いた気持ちのままでも結構ですので、もう一度この子を見てあげてください」
私がそう促すと、カップル様はそろって子猫様を見つめました。
カップル様の動揺を映すように、子猫様も不安げな表情をしています。
私は一つ、ごくりと喉を鳴らしてから告げました。
「もしも先天性疾患を患っていたとしても、今、この子は生きています。ちゃんと、あなた方にも見えますよね?」
カップル様は小刻みに頷きました。
「今、この子は苦しそうに呼吸をしています。ちゃんと、あなた方にも分かるはずです」
カップル様はもう一度、小刻みに頷きました。
「では、この子をこの状態でペットショップに返却したとして……金輪際、きれいさっぱりに忘れることができますか?」
カップル様は、すぐさま、かぶりを振りました。
「今、あなた方が有する選択肢の一つは、ペットショップに返却すること。そのほかの選択肢として、直ちに動物病院へこの子を連れて行くことも出来ます。どちらを選ぼうとも、あなた方の自由です。前者の場合、私の出番はここまでです。後者の場合は、信頼のおける獣医師のご紹介が可能です。いかがなさいますか?」
正直なところ、内心は祈るような気持ちで、カップル様が後者を選択してくれることを望む私がいました。
この子猫様が天命を全うするまで、どれくらいの時間が残されているのか――
私には知る術がありません。
それでも、はっきりと断言できるのは、この子猫様にはまだ、カップル様と暮らせる可能性が残っているということです。
カップル様とオモチャで遊んだり、カップル様に撫でてもらったり、カップル様の傍で昼寝したりする時間が残されているのです。
たとえ短い時間だとしても、それらの経験をすることは、この子猫様にとっての生まれてきた意味になるでしょう。
カップル様にとっても、この子猫様との時間は、けっしてマイナスとなるような経験にはならないはずです。
ならば??
黙ったままやり過ごすことを、私自身が許容出来ませんでした。
「動物病院に連れて行っても、残念ながら、この子の天命は変えられないかもしれません」
私が吐いたネガティブな意見をかき消そうとするかのように、カップル様は激しくかぶりを振りました。
「そんなの! ……そんなの、イヤだ!」
「かわいそうすぎる……」
カップル様の悲痛な想いを受け止めた私は、携帯電話を取り出し、信頼のおける獣医師の連絡先を表示しました。
「悲しみや同情で天命は変えられないかもしれませんが……。それでも、自分次第で運命は変えられます」
私の拙い言葉を頼りに、カップル様は、いよいよご決断なさいました。
「この子を、動物病院に連れて行きます!」
私は早速、信頼のおける獣医師、F先生に連絡を入れました。
〈続く〉
あなた様とあなた様の大切な存在が
今も明日もLucky Lifeを送れますように
富山桃吉