飼い主様に告げた時間よりも早く、私は病室に着きました。
「こちらのわがままを聞いてお越し頂き、本当に、ありがとうございます」
「いえいえ。お体の具合はいかがですか?」
「はい。悪くはなっていないと思います」
苦味を織り交ぜた笑い顔を作る飼い主様のご様子からは、不安さを纏った雰囲気があからさまに漂っていました。
「それで、早速ですが、S君の件についての電話内容をお聞かせ願えますか?」
「はい。電話を頂いた方は女性で、番号非通知でのお電話でした……」
飼い主様から伺った、電話内容はこうでした。
その女性の方は、飼い主様が電話に出るなり、
「飼い猫を逃がすなんて、あんたはダメな飼い主だ」
と説教をはじめたといいます。
そして、
「飼い猫は見つかったのか?」
と確認をしてきたそうです。
残念ながら未だ見つかっていない旨を飼い主様が伝えると、今度は小さな声で、
「そうか……。そうか……。そりゃあ、心配だねえ……」
と同情を寄せてくれたといいます。
それだけ聞くと、『本当だとしたら、口にするのも恐ろしい話でして……』と漏らした言葉の意味が分からなかった私は、飼い主様に話の先を促しました。
「その女性の方は確か、S君を目撃したわけではないと飼い主様は仰っていましたが……だとすると、用件は何だったのですか?」
「心配してくれた後、『ある噂を知っているか』と尋ねられました」
「噂?」
「はい。『最近、近所の猫が虐待されているかもしれない』という噂だそうです」
「虐待している輩がいる……ということですか?」
「目的は分かりません。ただ、『近所の猫が減っている』というのです」
「その女性の方は、何を根拠にそう仰っているのですか?」
「うちの近所には、比較的大きな公園があるのですが、その女性の方はどうやら、そこで野良猫たちにエサをあげているみたいで」
賛否はべつとして。
どの地域に迷子ペット様捜索に伺っても、野良猫様にエサやリを行っている人物がいるのは、珍しいことではありません。
それが行われる時間帯は、人気が少ない深夜や早朝の公園が多かったりします。
主たる理由は、猫様嫌いの人たちに見つかってトラブルにならないよう、こっそりと行うからです。
飼い主様にお電話をしたその女性の方も、おそらくはそういった人物だと思われます。
だとすれば、野良猫様の数が減っていることに気づいているのも、なるほど頷けます。
一人で納得している私に、飼い主様は話を続けました。
〈続く〉
あなた様とあなた様の大切な存在が
今も明日もLucky Lifeを送れますように
富山桃吉