公衆トイレ内から見張っていると、間もなくして、ベンチ周辺に集まっていた野良猫様たちがざわつき始めました。
野良猫様たちの視線は、一か所に集まっています。
その方向から、自転車に乗った”誰か”がやってきました。
気が早い野良猫様の何匹かは、自転車の方へ駆け寄っていきます。
間違いありません。
周囲に人がいないか、を警戒しながら近づいてくるその”誰か”は、野良猫様たちへエサやリをしにきたと思われます。
”誰か”の正体は、女性でした。
女性はベンチの前で自転車を止めるや否や、そのかごに積まれていた袋から、何やら取り出しました。
それを地面に並べ始めたのを見て、発泡スチロールトレイだと分かりました。
野良猫様たちのほとんどが、並べられた発泡スチロールトレイに”はやくエサを入れてくれ”とばかりに、女性の周りをウロウロしたり鳴いたりしてアピール合戦をしています。
女性はにこやかな表情を浮かべ、再び自転車のかごの中をまさぐり、持参したエサを取り出しました。
「ほら、慌てない、慌てない。みんなで仲良く食べるんだよ」
そういいながら、女性が発泡スチロールトレイにエサを入れ始めた途端、野良猫様たちが我先にと、がっつき始めました。
相変わらず、女性はにこやかに見つめています。
私は、しばらくトイレ内に留まることにしました。
女性と野良猫様たちの幸福そうな時間を邪魔したくないので、せめて、エサを食べ終わるのを待ってから話しかけようと思ったからです。
野良猫様たちがすべてのエサを食べ終わると、女性は発泡スチロールトレイを素早く回収し始めました。
「じゃあ、また明日。みんな、元気でいるんだよ。さっさと、行きな」
女性が伝えると、野良猫様たちは好き勝手な方向へと去って行きました。
まるで、言葉が通じているみたいです。
感心した私は、トイレ内から出ました。
そして、こっそりと近づいて女性を驚かせないように、わざと靴音を立てながら歩きました。
すると、女性はこちらをはっと振り向き、急いで自転車にまたがろうとしました。
そのまま女性に逃げられてしまうわけにはいきません。
私は、S君の飼い主様から預かった捜索用のチラシを鞄の中から取り出しながら、できるだけ低姿勢な態度でいいました。
「驚かせてしまい、申し訳ありません。私、この近所で迷子になってしまった猫を捜している者なのですが……」
私の思惑通り、女性は”猫”というフレーズに反応し、またがろうとしていた自転車を止め直してくれました。
〈続く〉
あなた様とあなた様の大切な存在が
今も明日もLucky Lifeを送れますように
富山桃吉