理由を伺いたくて真っ先に口を開いたのは女性だった。
「引き出せないのはなぜでしょう?」
「本当に申し訳ないんだけどねえ、今、家で引き受けられる頭数が限界なんだ」
「でもこのワンちゃん、収容期限が迫っているんです。このままだと……」
「本当に申し訳ないねえ……」
やはりシニアや病気を患っている犬猫の里親さん探しはそう簡単にいかないのが現状らしい。
長い間たくさんの命を繋いできたご本人故の歯痒さが痛いほど伝わる。
だからこそ無理強いは出来なかった。
思えば人生のこれまでで、私はいくつの『しょうがない』の前から逃げ隠れし、途方に暮れてきた事だろうか。
悔し涙を流した事だろうか。
その度に臆病で卑怯な自分と折り合いをつけて今の自分が在る事実。
それは決して誇れる事ではないのを私自身は知っている。
今も忘れられないでいる。
後悔が燻る夜を恐れている。
若き日の私は『しょうがない』の向う側の未来を夢見て、無邪気に『大丈夫』という言葉を信じていた。
見上げる空をいつでも近くに感じられていた。
手を伸ばせば届きそうにすら感じていた。
だが今この瞬間の私には空が果てしなく感じられる。
もたれかかる失望に押しつぶされそうで、手を伸ばす気力も湧いてこない。
『しょうがない』で前途を経つ方が簡単だという確信犯の声に誘惑されて、無防備に俯きかけている。
ふがいない。
けれどキミを救いたい。
情けない。
それでもキミを助けたい。
涙も出ない。
私にはキミを救えない?
しょうがない。
私にはもう出来る事はない?
しょうがない……。
もうキミに会えない?
しょうがない……。
しょうがない……。
しょうがない……。
「だからってオレは諦めない!」
彼の声がネガティブな感情の連鎖に絡まりもがいている私の心を鷲掴みにした。
「簡単なことだ。引き算。引き算」
一同が言葉の意味を探っている間もなく彼は続けた。
「引き受けられる頭数が限界なら、今いる一頭の里親を見つければいい。そうすれば一頭引き出せる。ですよね?」
「そりゃあそうなんだけどねえ。里親を見つけるのは簡単なことじゃないんだよ」
「だからってオレは諦めない! 大丈夫! 大丈夫!」
彼の根拠なき『大丈夫』が私のこんがらがった心をほどく。
今の私にとってこれほど信じられるものはなかった。
「それで、どうやって里親さんを探すおつもりですか?」
同じく信じる気持ちを失っていない女性の声に彼はニカッと答える。
「探しませんよ!」
一同の疑問符だけが支配する沈黙に、セミすら鳴きやんだ。
〈続く〉
あなた様とあなた様の大切な存在が
今も明日もLucky Lifeを送れますように
富山桃吉