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「はじめまして」が繋ぐもの 7

留守かあ……。
返事がないので去りかけた時、私が来た道と反対側から女性が歩いてきた。

「家に御用ですか?」

家主らしい。
私はチラシを手渡しながら挨拶した。

「実は私、迷子になっているこのシニア犬の飼い主さんを捜しておりまして。何か手がかりをとご近所を尋ね回っている次第です」
「迷子ですか。かわいそうに……」

女性は手に取ったチラシに目を落とすとつぶやいた。

「そっくり……」
「ひょっとして、何かご存じですか!?」

はやる私の言葉に、女性は首を振った。

「紛らわしい言い方してごめんなさい。あまりにもそっくりだったのでつい……」

聞けば、以前女性が飼っていた犬に似ているとのことだった。

「晩年は自力で歩けなくなってしまったんです。それでも気候と犬の体調が良い日はスリングで抱っこしながらのんびり散歩したものです」

想いを馳せて語る女性に悲壮感は感じられなかった。
人間の場合と同様、介護の日々に流れる時間は全てがポジティブな出来事ではなかっただろう。
それでも、看取り、見送り、かけがえのない瞬間を授けてくれた犬に感謝を贈り、女性は今を生きている。
私にはそう映った。
誰もが物質的な生命である以上、いつかはサヨウナラがやってくる。
人間を含めた動物の誰にも時間は平等だ。
そう。
かなしみに暮れていようが、怒りを抱えていようが、よろこびに寄り添っていようが、平等に時間は流れる。
それならば私は喜びに寄り添っていたい。
そよぐ風を気持ちがいいと感じていたい。
花を見てキレイだと思える自分を忘れないでいたい。
大切な人の微笑みに、大切な人との時間に、いちいち感動していたい。
幸せな瞬間に身をゆだねて、幸せだと思わせてくれた人や出来事に『残された時間』を捧げたい。
やがていつの日にかに訪れる大切な人とのサヨウナラ。
どんなカタチであれ、それはやっぱりさみしいし、かなしい。
だから私はこれでもかって泣く。
その後にこれでもかって感謝して、最後の最後は笑っちゃう。
願わくば、未来の私はそんな自分でいたい。
いちいち感動を覚えた日々なのに、私が悔恨の情に溺れたりかなしみに執着して人生の迷子になることを、大切な人はきっと望んでいないだろうから。
女性と犬の暮らしはそれに似通ったものだったのであろうことは想像に難くない。
そっくりだと言ったチラシの中のシニア犬に向けた微笑みがそれを物語っている。
そうだ。
ポジティブな意味で、私には『残された時間』をどう生きるかの選択の自由がある。
そうなんだ。
自分の意志で、辿りたい未来に歩いて行ける。
そうだよね。
今現在収容されているキミには、ネガティブな意味の『残された時間』しかない。
問答無用で、自分の意志は未来に反映されない。
急ぐよ。
キミがキミらしく生きれる未来を繋ぐ為に。
私が私らしく在れる未来の為にも。

「ところで、お一人で捜索をなさっているんですか?」
「いえ。ありがたいことにご協力してくださる方々もいて」
「チラシって、余分にお持ちですか? ご迷惑でなければ、私にもお手伝いをさせてください」
「ご迷惑だなんて。助かります!」
「それにしても、皆様お優しいですね」
「本当にそうですよね。自分の飼い犬でもないのに」
「ご自分もそうでしょう? まるで他人事みたい」
「え……あ……まあ……言われてみれば……そういうことになるんですかね」

女性はくすりと笑いながら頷いた。

「お節介ついでにもう一つ。このチラシの写真、もう少し大きい方がわかりやすいかと思います。自分だったら、文字よりも写真の印象の方が強く残ると思うので」
「なるほど。確かにそうですね」

女性は他にも、色や文言等のアドバイスをくれた。

「残りのチラシを配り終えたら増刷する予定だったので、早速参考にさせて頂きます」
「でしたら、今から作りますよ。その方が少しでも時間を有効に使えますでしょう?」
「いいんですか!?」
「はい。これ」

女性から、メモ書きを受け取った。

「ワンちゃんの写真データ、このアドレスに送ってください。出来上がり次第お電話差し上げますので」
「本当にありがとうございます!」
「いえいえ。これも何かの縁ですから」

縁。
この女性に導いてくれたあの猫に今一度感謝して、私は捜索の続きを開始した。
アスファルトに注ぐ容赦のない夏の陽光。
じれったい温風。
うだる草木に逃げ水。
紫外線による肌荒れに湿疹。
そのどれもにくらくらする夏が私は苦手だった。
けれどキミと出逢った夏の眩しさは煩わしくなかった。
そう笑って話せる未来を信じて待っていて欲しい。
私はチラシの中のシニア犬に向かって強く想いを伝えた。

〈続く〉

あなた様とあなた様の大切な存在が
今も明日もLucky Lifeを送れますように

富山桃吉