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「はじめまして」が繋ぐもの 4

車から降りてきた二人の男のうち、若い方の男が見事に平坦な声で話しかけてきた。

「こんばんは」

残念だ。
現れたのはシニア犬の飼い主ではなく警察官だった。
おそらく例の住居人達の誰かが通報したのだろう。
続けて、若くない方の警察官が話しかけてきた。

「あなた、その犬の飼い主さん?」

声色こそ穏やかなものだったが目が笑っていない。
私を怪しんでいるのが見え見えだ。
適当な理由は通じそうにないので、私は観念して事の成り行きを話した。

「このシニア犬、どうなるのでしょう?」

私の切なる問いかけにも平坦の答えは淡々。

「時間が時間なので今晩は署で預かりますが、明日には動物愛護センター行きです」
「飼い主さんから迷子犬の届出はないのですか?」
「今のところは」
「警察の方で飼い主さんを捜すことは?」
「できません」

簡単に答える平坦にイラッとした私の様子を見て、若くない方の警察官が付け加えた。

「あなたの気持ちもわかりますよ。でもね、この犬、首輪もついていないでしょう? 随分と年老いているようだし、おそらくは遺棄の可能性が高い。もしマイクロチップも未装着となると、飼い主を捜すのは余計に難しい」
「そういうケースって、よくあるんですか?」
「少なくはないねえ。特に最近は」

一昔前と比べてペットは長生きになった。
良質なフードやワクチンの普及が背景にあるという。
ところが長生きをするようになった分、シニア期特有の症状を見せるペットも増えてきていると聞く。
認知症等で夜泣きをするようになったり、それまではちゃんと排泄できていたのに粗相をしてしまったり。
万が一に備えたペット保険だって今や耳に新しくはない。
それだけペットの存在を大切に思う人が増えたということだろう。
それなのに……。
家族同然に暮らしてきたペットを、年老いたからといって遺棄する飼い主が本当にいるのだろうか?
少なくても、息するペットを遺棄する選択肢は私の中に存在しない。
確かにこのシニア犬は病を患っているだろう。
けれども、飼い主さんとこのシニア犬は沢山の微笑ましい時間を共有してきたはずだ。
飼い主さんはこのシニア犬から、かけがえのない癒しを沢山もらったはずだ。
それなのに遺棄という別れの手段を選ぶ訳がない!

「あの……仮にこのまま飼い主さんからの届出がないと、このシニア犬はどうなるのですか?」
「収容期限内に飼い主さんか動物愛護団体関係が引き出さない限り、行く末は殺処分でしょうね」

平坦が淡々と言う『殺処分』の響きに目眩がした。
私と共に暮らす兄弟猫がもしも迷子になって、気づかぬうちに殺処分されてしまったら確実に悲嘆する。
そうだ!
そうだ!
飼い主さんにはきっと届出を出せない何らかの理由があるに違いない。
例えば、高額な治療費を払えない?
例えば、ペット不可の住宅で飼っていたのがバレて一緒には暮らせなくなった?
例えば、介護に疲れた?
例えば、飼い主さんも高齢で思うようにこのシニア犬を捜せていない?
あるいはまだこのシニア犬が迷子になっていることに気づいていない?
他に、届出を出せない、もしくは出さない理由があるとすれば何が考えられる?
見つからない答えを巡らせている私に平坦が告げる。

「そういう訳で、この犬は我々が連れていきます」
「ちょっと待って……」

一端は言いかけたものの、このシニア犬の飼い主が私ではない以上どうすることも出来なかった。
せめてお願いするしか出来なかった。

「このシニア犬、喉が渇いてて、お腹が空いてて、疲れてて……。それから、飼い主さんに再会出来る事を諦めてなくて……だから……」
「わかりました」

最後まで平坦な返答だった。
シニア犬が咳をした。

「キミ……」

ふがいない。
肝心な時に私の想いはそれ以上の音にならなかった。
間もなく、シニア犬は警察車両に乗せられた。
私はただ見送ることしか出来なかった。
警察車両が動き出し、やがて見えなくなった。
私は手荷物を拾い上げても直ぐには歩き出せなかった。

「……キミ」

夜のしじまに私の頼りない声が溶けていく。
マーブル模様に溶けきると、シニア犬の声が聞こえた気がした。

「キミ!」

今、鳴いたよね?
ううん。
泣いたよね……。

〈続く〉

あなた様とあなた様の大切な存在が
今も明日もLucky Lifeを送れますように

富山桃吉