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たとえ離れていても 16

多くの飼い主様がそうであるように、ぼくも仕事で家を留守にすることはままある。
また、仮に無職の飼い主様であっても、買い物などのお出掛けで家を空けることがあるだろう。
であるからして、家を空けることについては、W様ご夫婦だけが例外というわけではないはずだ。

仕事をするから収入を得ることが可能なのは、いうまでもない。
一定以上の収入があるから、人並みの生活ができるのであるし、生き物であるペット様の生活を快適にしてあげることができるわけである。
その観点からいえば、飼い主様が仕事をする目的の一つがペット様のためであるといっても過言ではない。

よって、

『二人暮らしの共働きで家を空ける時間が多いなら、そもそもペットを飼う資格はない』

という意見に賛同できないぼくがいる。

考えてもみてほしい。
このご時世、人間のお子様がいる家庭であっても、共働きのご夫婦は存在する。
では、そのご夫婦にむかって、

『共働きで家を空ける時間が多いなら、子どもを授かる資格はない』

という非難を浴びせるのは、はたして適当だといえるのだろうか。

ぼくはそう思わない。
子育てにまつわる理想は別として、人並みの生活を維持するために働くことが悪行だといえないからだ。
お子様を養っていくために一生懸命働くのは、我が子を愛する親の当然すぎる感情であるし、むしろ我が子のためならばと、よろこびを感じながら労働に励む方だっているであろう。

だとしたら、そういったご夫婦に対して非難を浴びせることは、尚更に的外れで馬鹿げている。
彼らが抱いている実際の感情にそぐわないことは、火を見るより明らかだ。

翻って、W様ご夫婦とMちゃんの場合はどうか。
同じように共働きでペット様を飼われている飼い主様全般にもいえることだが、ペット様と一緒に暮らし続けているのは、確かな”愛情”が存在するからに他ならない。
一人暮らしでペット様と同居している飼い主様だって、まったくもってそうであるはずだ。

どんなカタチであろうとも、共に暮らすペット様への”愛情”がなければ、それこそ一緒に生きることを選択などしない。
世話やお金がかかるのは承知で共に生きる選択をしたわけで、その対象がお子様であろうがペット様であろうが差異はないとぼくは断言できる。
”愛情”なくして共に暮らすことなどできやしないのだ。

”愛情”は、誰かが認定する『資格』ではない。
本来ならば誰の心にも植わっているはずの、永遠に枯れない花なのだ。
その花に注がれる水や養分に当たるのが、自分にとって”かけげえのない存在”である。

W様ご夫婦にとってのそれがMちゃんであり、人によってはペット様の存在がそれなのだ。

〈続く〉

あなた様とあなた様の大切な存在が
今も明日もLucky Lifeを送れますように

富山桃吉