「〇〇! △△! 〇〇! △△!」
飼い主様はすっかり理性を失い、ただただ大きな声で、二匹の犬様の名前を連呼していました。
これでは埒が明かない……。
興奮状態にある犬様に対して大きな声で名前を喚き立てるだけでは、制御できる見込みは薄いままです。
それどころか、逆に、犬様たちを興奮させる結果になりかねません。
ですので私は、飼い主様自身が取り乱しながら大きな声で名前を呼ばない方が良い、というアドバイスをしました。
ところが、飼い主様はもはや、自分自身すら制御できないほど錯乱しているので、せっかくのアドバイスが耳に届いていないようでした。
やむを得ないか……。
私は呼吸を深く吐きました。
それから丹田に力を入れ、飼い主様に向かって短く怒声を発しました。
「なぜですか!?」
途端に、あたふたと無意味な動揺をしていた飼い主様の動きが止まりました。
吠え続けていた犬様二匹も黙り、すっかり我を取り戻したかのように静かになりました。
連れている中型犬様は、きょとんと私を見上げています。
「いつまでもボーっとしてないで、今のうちです! 二匹に早くリードをつけてください!」
私の警醒に慌てた飼い主様は、いそいそとリードを手に取り、二匹の犬様に繋ぎました。
「この場所でのノーリードの散歩は禁止にもかかわらず、ノーリードにしていたのは、なぜですか!?」
明らかに狼狽している飼い主様は、地面に置いていた自分の帽子を咄嗟に拾い上げ、顔を隠そうと必死になりました。
「イヤフォンを耳に突っ込んでまでスマフォに夢中になって、二匹から目を離したのは、なぜですか!?」
自分の不注意で他人を怪我させたかもしれなかったことを詫びるでもなく、頭の中には、逃げることしかないのでしょう。
飼い主様は地面に置いていた自分の荷物を拾い上げ、そそくさと立ち去ろうとし始めました。
「もしも二匹が他人を咬んでしまったら、どうなるかお分かりですよね? 二匹を本当に可愛がっているならば、二匹のことを心底思っているならば、もう二度と、公共の場でノーリードにすることは止めてあげてください」
私の助言は、確かに飼い主様の耳に入っているはずで、今思い返しても間違ったことはいっていないと断言できます。
しかしながら、飼い主様がつぎに発した言葉に、私は愕然としました。
「そんなの、こっちの勝手でしょう! 警察でもなんでも呼べばいいじゃないですか!」
イタチの最後っ屁よろしく悪態をついた飼い主様は、逃げるように去って行きました。
この間に芝生上にした、二匹の排泄物を残したままで……。
〈続く〉
あなた様とあなた様の大切な存在が
今も明日もLucky Lifeを送れますように
富山桃吉