ご年配の女性に声をかけるタイミングは唐突に訪れた。
というよりも、否が応でも声をかけざるを得ない状況に追い込まれた、という方が正しい表現になるだろう。
というのは、依然として縁側に立っていたご年配の女性はベランダの向こうに広がる草むらを凝視していたのだが、何の予備動作もないまま、私の方に顔を向けてきたからである。
急な出来事に、お互いの目が合ったままで数瞬が重なった。
「あ……こんにちは。先ほど、インターフォンを二度鳴らせて頂いたのですが……」
先に声を発した私の顔を無表情で見つめたまま、ご年配の女性はざらついた声でいった。
「……あんた、どちらさんだっけ?」
「はじめまして。私ですね……」
名前を名乗り、この近辺でキジ白猫様を捜していることを交えながら、簡単な自己紹介をする。
私の自己紹介を聞き終えても表情を変えることなく、ご年配の女性はつぎの質問を投げてきた。
「なんで、その猫を捜しているんだい? あんたの飼い猫なのか?」
本当のことを隠す必要はないだろう。
・キジ白猫様を保護後には、その母猫様と兄弟猫様と一緒に、男性が暮らしていくつもりであること
・その男性の手伝いで捜索をしていて、こうして今、訪問をさせてもらったこと
などを話した。
「ふーん……猫ねえ……」
なにか思うところがあるのか、ご年配の女性はベランダの向こうに広がる草むらに目を戻し、意味ありげに耳たぶをいじっている。
わずかな期待を寄せつつ、私は聞いた。
「私が捜している子を、お見かけしたことがありますか?」
「ええ? 捜しているのは猫じゃないのかい? 人の子?」
”子”という表現が誤解を招いたようだ。
”子”といったが人の子ではなく、キジ白猫様のことであることを告げると、ご年配の女性は妙に納得したように頷いた。
「ああ。なるほど。猫は猫って呼べばいいものを……あんた、よっぽど猫好きなんだねえ」
「ええ。まあ。それでですね、今までに、お宅の敷地内にその子が姿を現したことがありますか?」
「うーん……」
いうかどうかを迷っているのか、記憶を辿っているのか、ご年配の女性は眉間にしわを寄せて唸った。
相変わらず、その視線はベランダの向こうに広がる草むらに注がれ続けている。
そんなに気まずくなるような質問をしてしまったのかなあ、と私の方が唸りたい気持ちになった。
私の気持ちをよそに、ご年配の女性はいつまでたっても口を開かない。
このままではどうにもこうにもならないので、返事を待ちかねた私は質問を続けた。
〈続く〉
あなた様とあなた様の大切な存在が
今も明日もLucky Lifeを送れますように
富山桃吉