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サービスエリアの空の下 68

私が戻るなり、男性は真剣な表情で報告してきた。

「今のところ、鈴音は聞こえません」
「そうですか……」
「でも、念のために、草むらの中を見てきます」
「はい」

身を屈めながら草むらの中に入って行く男性の足運びは、まさに忍び足といった具合だ。
鈴音を聞き逃さないよう、一歩一歩慎重に歩を進めている。

やがて、私の位置から見えない場所である樹の陰に、男性の身体は消えていった。
そのまましばらくは、幾ばくかの緊張感を伴った静けさが辺りを支配した。

私は視線を、男性が身体を隠した樹に注ぎ続けていた。
もう少し正確にいえば、その樹だけを見ていたのではなく、ぼんやりとではあるが、その樹を中心にした周囲をも視界に収めている状態であった。
私の場合、こうした視線の使い方を迷子ペット様捜索時に多用する。
視界を極力広げておく方が、周囲の動きを捉えやすいからだ。
そのことはもはや、呼吸と同じように自然と行っている。
幾多の迷子ペット様捜索経験が染みつかせた癖のようなものといえよう。

余談になるが、迷子ペット様捜索中の飼い主様の視界は、往々にして狭くなりがちである。
焦りも伴うせいで、周囲の変化に気づきにくい。

以前、とある飼い主様と同行捜索を行っていた時の話である。
私と飼い主様は同じ方向を見ていたのだが、気づいたのは私だけで、飼い主様は不思議がっていた。
迷子ペット様を目視した位置が、斜め後ろだったからである。

飼い主様は私に対し、

「背中に目がついているのですね!」

と驚かれていた。

無論、そんなわけはないし、なんのことはない。
今やっているように、視界を極力広げていたにすぎなかったわけだ。
もちろん、視界だけがすべてではない。
その場その場の立地環境や、迷子ペット様の逸走状況および性格などを鑑みた上で五感をフル活用しながら捜索に当たるからこそ、目視が叶うのである。

はたして私の視界は、男性が身体を隠した樹の周囲に注がれ続けていたわけだ。
それにしても、男性は一向に姿を現さない。

どこまで奥に進んで行ったのだろう……。

鈴音を”聞かせてくれた”のが”シロ”くんかもしれないという一心で、躍起になっている可能性はある。
だとするなら、男性の気が済むまで待っていたあげたい気持ちがあった。

けれども、である。
保護しようとしているキジ白猫様が、そろそろ、フェンスの向こうのエリアから草むらの中に戻ってくるかもしれなかった。
男性には悪いが、その機会を逃すわけにはいかない。
保護という最大目的がある以上、その気持ちもまた本当であった。

〈続く〉

あなた様とあなた様の大切な存在が
今も明日もLucky Lifeを送れますように

富山桃吉