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サービスエリアの空の下 71

手作り食の補充を一通り終えた私は、張り込みをしている男性の元へ戻り始めた。
その途中、茶色猫様と出会った喫煙所(※詳細は『サービスエリアの空の下 41』を参照)の傍を通った。

振り返れば、一匹目のキジ白猫様の保護が叶ったのはこの場所がきっかけだった。
あの時、大型トラックの長距離ドライバーの男が喫煙所を利用していなかったら……。
その男がライターを落としたことに、私が気づかなかったなら……。
茶色猫様に出会うことはなかったかもしれない。
ひいては、一匹目のキジ白猫様を保護することが出来なかったかもしれないし、その後の白猫様の保護にも繋がらなかったかもしれないことを考えると、つくづく不思議な気持ちになる。

いや、それだけではない。
今までの一つ一つの出来事、たとえば私が、あの日あのタイミングでA様・F様と暮らすKちゃんの捜索に向かっていなければ、三匹の猫様たちの保護をしようとしている男性の手伝いを承ることはなかった。
男性がこのサービスエリアで働いていなかったら……。
男性が”シロ”くんと暮らしていなかったら……。
今この時の現実は、違ったものであったはずだ。

そのことに考えを巡らせば巡らせるほど、大袈裟でなく、私はすべての出来事に意味を感じてしまう。
それはしかし、良いことばかりではない。
時には、辛さや哀しみ、憤りや不満を伴う出来事に直面することだってある。
いずれの出来事であっても、だ。
目の前の出来事が、その先に対面を迎えるつぎの出来事とどこかで繋がっていることを知れば、事あるごとに、むやみやたらと動揺しなくなるはずで、それは幾多も経験済みである。

とはいえ、私自身はまだまだ未熟者なので、目の前の出来事に感謝できるまでに時間を要してしまうことが少なくない。
目の前の出来事がネガティブな感情を誘発するようなことである場合はとくに、”すべての出来事は感謝の対象である”と、常におおらかな心で構えていられない自分がいる。

それでも、時間が過ぎれば、やがていつかは出来事の意味を考えられるようになる。
そうやって意味を知ろうとする態度がすなわち私の人生の糧となっているし、紛れもなく、今日や明日の私を形作っていく。
そしてそれは、自分自身や共に生きるほかの存在に対しての思慮や気づき、過ちを防ぐ布石となっている。
つまるところ、いかように時を進めるかは、自分次第なのだ。

そんな思いをかみしめながら、私は喫煙所を見つめていた。

〈続く〉

あなた様とあなた様の大切な存在が
今も明日もLucky Lifeを送れますように

富山桃吉