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招かれてみると 前編

数日前、夜半過ぎのこと。
ご宿泊中の犬様のお世話をべつのスタッフに引き継いで、ボクはメビー・ラックの店舗を後にした。

自宅と店舗の往復ルートは、日によって変える。
特別な理由はない。
ただ、なんとなく、その時々の気分や状況に委ね、招かれてみるだけだ。

たとえば、真っ直ぐ進んだ方が近道でも、”なにかイヤだなあ……”と感じれば引き返す。
立ち寄ろうと思っていた場所が右折した先にあっても、”あっちの道から回った方がいいかもしれない”と感じれば、迂回することもいとわない。

こういう選択をすることを、”時間の浪費で不効率”と捉える方もいるであろう。
しかしながら、ボク自身は時に、時間を効率的に管理しながら、決められたスケジュールだけに追われるのを好まない。
決して、声高に不効率の推奨をしたいわけではないが、”心には常に、ゆとりという弾力性が必要である”と感じるからだ。

寸分の隙間なく、ピンと張り詰めっぱなしのカチカチの心では、なにかにぶつかられた際に、ヒビが入ったり壊れてしまいかねない。
心無い人に対面してしまった場合やイヤな出来事に直面してしまった場合などは、とくにそうだ。
自分をまもるためへの対応力や対処力に影響が及んでしまう。
そうなると、”完璧という名の強固さを誇っていたつもりなのに案外脆かった自分”を許し、回復できるまで、相応な時間を有する羽目になる。

固いものにぶつかってしまえば、被害を被るのは自分自身だけにとどまらない。
ぶつかってきた相手にも、少なからず被害がでる。
カチカチの心同士では、尚更だ。

よって、心にはやはり、ある程度の弾力性が望まれる。

このことは、ペット様と暮らす飼い主様方にも当てはまる気がする。
たとえば、”毎日毎日、定めた時間通りに食事を与えなければならない”とか、”きっかり同じ時間にお散歩に連れていかなければならない”などと気を張ってばかりいる飼い主様を見て、ペット様はどう思うだろうか。
飼い主様自身にしたって、ピリピリした心持ちよりも、ほどほどのゆるさを持っていた方が、ペット様と接する時間を堪能できるのではないだろうか。

いうまでもなく、飼い主様がたのしそうにしている方が、ペット様もたのしい。
飼い主様がたのしくなさそうだと、ペット様もまた、たのしくはない。
それらを忘れてしまっては、ペット様と暮らすことによって授かる恩恵をも見失ってしまう。
本来ならば、”ペット様のためにしてあげていること”のはずが、”飼い主様自身の義務感のためにしていること”になってしまうからだ。

〈続く〉

あなた様とあなた様の大切な存在が
今も明日もLucky Lifeを送れますように

富山桃吉