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深く考えさせられる問題 7

さて。
子どもへの情操教育の目的でペット様を飼い始める親たちにも、動物に関する知識が乏しい現実がある。

深く考えさせられる問題 1』で紹介した産経新聞の記事中には、”兵庫県学校動物サポート協議会”所属の獣医師が、関西学院大教育学部の学生らを対象に実物のウサギを用いた動物飼育の体験授業を行った、とある。
その際に、

「ウサギは高いところまで持ち上げてはいけない」
「ウサギが驚くのでむやみに騒がないように」

との指導があったというが、正直、これについて私は唖然とした。
学生の中にはウサギを触ったことがない人がいたらしいが、当該記事にあるような教育現場の現状がある以上、それはまあ、あり得ることであろう。
すべての家庭でウサギを飼育しているわけでもない。

それでも私が唖然としたのは、『ウサギは高いところまで持ち上げてはいけない』とか『ウサギが驚くのでむやみに騒がないように』との指導を受けなければ、そんなことも理解していなかった、という事実にである。

これははたして、ウサギの飼育経験と知識の無さが問題なのであろうか……。
私としては、それだけではない気がしてならない。
というのは、ウサギの飼育経験と知識の無さ以前に、想像力の欠如に問題があると感じるからだ。

いわずもがな、人間である自分よりも、ウサギの体は小さい。
それを抱き上げる際に高く持ち上げれば、ウサギが怖がるのは当然だ。
騒げばびっくりするであろうし、警戒するであろう。
自分がウサギの立場になって想像すれば、同様の気持ちを抱くはずである。
だからこそ、怖がらせないように気をつけてあげよう、という考えに至り、ウサギとの接触時には慎重な姿勢になるのが普通だ。
初めてウサギと接触するのであれば、尚更そうなるであろうと思う。

だが、当該記事を読み、現実はもっと危機的状況らしいことを知るに至った。
上記のような想像力を有しない学生(否、学生に限らず、大人世代の中にも多数存在する)が、確実に増えているのだろう。

このことはなにも、ウサギとの接触時だけの問題ではない。
日常生活のあらゆる場面で、想像力の欠如が招く、不必要な事故やトラブルを見聞きする。
こうしたら、どうなるだろう――
ああしたら、こうなるかもしれない――
そんなふうに想像を巡らせることができないと、事故やトラブルは必然的に起こってしまう。

自分以外の存在と関わる社会生活を送るにあたっては、想像力は必須の生活力だと私は考える。
なんと呼ぼうと構わないが、配慮・気配り・思いやり・やさしさ・助け合いなどは、他者の気持ちを想像することから始まるはずだ。
そういった想像力の欠如によって他者の気持ちに寄り添えない人間ばかりになってしまったら……そんな世の中には社会秩序も社会倫理もあったものじゃない。
考えるだけで、末恐ろしい。

〈続く〉

あなた様とあなた様の大切な存在が
今も明日もLucky Lifeを送れますように

富山桃吉