唇を咬みしめるカップル様に、もう一つの選択肢を私は付け加えました。
「介護なりのお世話を、最後まで続ける自信がおありでないならば、このままペットショップに引き返して、子猫様の返却手続きをする手もあります」
「でも……先天性疾患を患っているかもしれないこの子を返却したら……」
「あまり考えたくはないですが……。最悪の場合、殺処分されてしまう可能性は否めません」
「あ……ぁ……」
子猫様の無垢な瞳を真っすぐ見てもらうように、私はカップル様を促しました。
「苦しまずに死ねると甘く考えている方が時々いらっしゃいますが、殺処分は決して安楽死ではありません。死の瞬間が訪れるまでの間は、確実に苦しみ続けます。病の悪化などによる自然的な死ではない殺処分という残虐手段は、どんな理屈を並べて武装したところで正当化できるものではありません。どんなに偉い人間であろうとも、生殺与奪の権を握って許される存在など認められません。私はそう存じています」
自分たちの決断如何によって、子猫様の無垢な瞳から光が奪われることに恐怖を覚えたのでしょう。
カップル様はより沈痛な面持ちになり、身体を震わせました。
その揺れに伴って、先程のペットショップで購入なさった猫様用オモチャが、脱力しきったカップル様の手の中で虚しく揺れています。
「だけど……返却した後に、ほかの誰かが買うかもしれませんよね。店員さんも言ってたじゃないですか。購入検討してる客が多いって」
「そうだよね。そうだよ」
救いを求めるような目を私に向けてきたカップル様が、小細工を弄して浮かべた薄い笑みで、互いを必死に慰め合いました。
それを見つめていたら、ペットショップ店員の無責任なセールストークが、私の脳裏にリフレインされました。
『この子はお二人に飼って頂いた方がむしろ幸せですよ〜。アタシには分かります〜。運命の出会いですよ、これは〜』
『この子はお二人に飼って頂いた方がむしろ幸せですよ〜。アタシには分かります〜。運命の出会いですよ、これは〜』
『この子はお二人に飼って頂いた方がむしろ幸せですよ〜。アタシには分かります〜。運命の出会いですよ、これは〜』
『この子はお二人に飼って頂いた方がむしろ幸せですよ〜。アタシには分かります〜。運命の出会いですよ、これは〜』
『この子はお二人に飼って頂いた方がむしろ幸せですよ〜。アタシには分かります〜。運命の出会いですよ、これは〜』
これ以上のない不快感に全身を蝕まれてしまう前に、私は強制的にリフレインを遮断しようと子猫様の目を見ました。
変わらずに荒い呼吸を繰り返している子猫様も、私をじっと見つめ返してきました。
≪ウ・ン・メ・イ・ノ・デ・ア・イ≫
≪ウ・ン・メ・イ・ノ・デ・ア・イ≫
≪ウ・ン・メ・イ・ノ・デ・ア・イ≫
≪コ・レ・ガ・ウ・ン・メ・イ・ノ・デ・ア・イ・デ・ス・カ≫
≪ワ・タ・シ・ニ・ハ・ワ・カ・リ・マ・セ・ン≫
ごめんね。
今の私にも……分からない……。
〈続く〉
あなた様とあなた様の大切な存在が
今も明日もLucky Lifeを送れますように
富山桃吉