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風に揺れるヒマワリが咲く河原で 14

ひなちゃんの悲痛な訴えは重々理解できた。
O様の心配顔は見たくない――
ただその一心である事は明白だ。
けれど同時にO様のお気持ちも重々理解できた。
O様がF先生の診察を希望なさったのは、ひなちゃんが歩けなくなった原因を知りたいからだった。
往診でひなちゃんを診ていた女性獣医のようにはっきりとした説明もないまま淡い期待を抱いたり、不透明な治療を続ける事に迷いを感じていたからだ。
ひなちゃんの為にしてあげられる事の選択肢の一つとして、O様は今ここにいる。
ならばこの先ひなちゃんがどうなっていくのかを心に留めておかなければならない。
『わからない』という事はただただ不安を増長する。
O様はボク達が伺う度にそうこぼしていた。

O様とひなちゃんの想いを汲むにはどうしたら……。
自問自答を繰り返すボクが言葉をさがしていると、不意に、F先生がひなちゃんと迷い顔のボクを見た。
そうしてにっこり笑った。

「ご覧の通り、僕ももう若くはない。ひなちゃんも僕と同じで、あちらこちらにガタがきている。歳にはかないませんねえ」
「あらイヤだ。女であるひなちゃんに向かって失礼よねえ?」

F先生の奥様が笑いかけながら言うものだから、O様の表情も少し緩んだ。

「これは申し訳ない事を言いましたねえ、ひなちゃん。それにしても、お母さん」
「はい?」
「ひなちゃんの身体には目立った床ずれができていません。これは偏に体位変換ケアの賜物ですよ。関心、関心」
「岡村さん達がなにかと手伝ってくれるおかげで助かっているんです」
「それなら尚更ですよ、お母さん。お母さん自身が心身共に元気でいる事。それがひなちゃんにとっても大事な事です。その為にも、これからも岡村さん達に上手く協力してもらいながらひなちゃんのケアをしていってあげてくださいねえ」
「はい」
「ところで、ひなちゃん。狭い診察室だからそろそろ飽きてきたでしょう?」

F先生の意図を察したボクは、岡村にO様を任せて、ひなちゃんを介護用ハーネスに包み散歩に連れ出す。

「じゃあひなちゃん、近所をブラブラ散歩してこようよ。今日はいい天気だしね」
「ウオンッ!」

後に岡村から受けた報告によると、ボクとひなちゃんが不在になったところで、F先生はひなちゃんのこの先に起こり得る事をO様のご希望通りに告げたという。
徐々に両後肢の麻痺が進行する事。
症状はいずれ脊髄の前の方にも広がり、前足にも麻痺が現れてくる事。
やがて自力排泄が難しくなる事。
自力で食事が出来なくなる事。
さらに症状が進行すると、脳幹まで達して呼吸困難や嚥下困難となる事。
これらの症状の進行には個体差がある事。
終末期にはほぼ寝たきりになる事。

それらF先生の話をO様は涙を堪えて聞いていたという。
その気丈な姿は正にひなちゃんのお母さんそのものだったという。
O様はF先生とボク達に何度も何度も感謝を仰っていたという。
あらためて、O様はひなちゃんのクオリティ・オブ・ライフを第一優先に考えたいという。
それでもやっぱり、薄々わかっていた事とはいえ悲しいし不安だらけだという。
岡村は精一杯のお手伝いをO様に約束したという。

その頃。
散歩に出ていたボクとひなちゃんは、六月最後の陽光に照らされた道を歩いていた。

≪ねえひなちゃん、もう夏はすぐそこまできてるね≫
≪だねえ。はやく河原のヒマワリ咲かないかなあ≫
≪O様が言ってたけど、ひなちゃんはどうしてそんなにヒマワリが好きなの?≫
≪お母さんが嬉しそうにヒマワリを眺めているから≫
≪そっかあ≫
≪そうよ≫

嬉しそうにヒマワリを眺めているO様を嬉しそうに見上げているひなちゃんかあ……。
ボクも見てみたい。
本気でそう思った。
だって、ボクもひなちゃんも本当にわかっていたから。
F先生ご夫婦も、岡村も、もちろんO様とササちゃんも、みんなやさしいって事を。
ボク達が共に過ごす夏はきっと、今年の夏が最初で最後の夏になるだろうって事を――

〈続く〉

あなた様とあなた様の大切な存在が
今も明日もLucky Lifeを送れますように

富山桃吉