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風に揺れるヒマワリの咲く河原で 6

ジョーッ!

勢いのある音と共にボクのズボンに生温かいものが染みこんだ。

「あらっ!」

ヒアリング時には聞くことのなかった大きな声でO様の声が放たれたと同時に、岡村が吹き出した。
横向きで寝そべるひなちゃんがしたオシッコがボクのズボンに直撃したからだ。

「すみません。もう、ひなちゃんったら!」

O様は申し訳なさそうにボクに頭を下げる。

「O様、ひなちゃんを叱らないであげて下さい。それに、謝らないで下さい」
「でも……」
「排泄を我慢したり、したくても出来ない方が心配ですし、こんなこともあろうかと着替えを持ってきていますので」
「すみません」
「いえいえ。それよりもほら、見てください。ひなちゃん、ボクに触れられることを受け入れてくれました」

充分にオシッコを済ませたひなちゃんはボクの手に撫でられながら、握られていたおやつをぺろりん、キラキラしていた。

「この様子なら、ひなちゃんに必要以上のストレスはなさそうです。良かった」

吹き出したとはいえ、岡村もほっとしている。
ボク同様、数頭に及ぶシニア犬の介護経験を有するが故、ひなちゃんが自力でオシッコができたことには安心が先に立つからだ。
その後もひなちゃんとのコミュニケーションを続けた後、ボクはズボンをはきかえに洗面所を拝借した。
その間、岡村もひなちゃんとのコミュニケーションを図ったようで、ボクが戻った頃には互いに仲良しモードであった。

「じゃあひなちゃん、身体のサイズを測らせてね」

ボクと岡村で手分けして採寸をしている最中も、ひなちゃんは終始ご機嫌でいてくれた。

「O様、ついでにひなちゃんの身体についたオシッコをきれいにしてあげてもいいですか?」
「そんな、申し訳ないです。私がやりますから」
「なにを仰いますか。これも一つのコミュニケーションになりますし。それにO様の腰痛がこれ以上悪化してしまったら、ひなちゃんが心配しますよ。ね?」

岡村の意見にボクは頷いた。

「岡村の言う通りですよ。今日からボク達はひなちゃんはもちろんのこと、O様ともパートナーなんですから。みんなで一緒に頑張りましょう。ひなちゃんのストレスを少しでも軽くしてあげる為に」
「本当に……ありがとうございます」

ちいさく震えた声で仰ったO様の瞳は潤んでいた。
最愛のひなちゃんが突然自力で立ち上がれなくなってしまっただけでも動揺は必至なのに、
先行きが鮮明でない介護生活に言いようのない不安を抱え込んでいたのは想像に難くない。
おそらくは随分と御一人で悩まれたのであろうし、無理もなさったであろうと容易に理解できる。

誰だって一人で生きていけはしない。
人生の狭間で不安やかなしみや辛いことに襲われたら、程度の差はあれどネガティブに纏わりつかれてしまう。
そんな時にすら一人で我慢して抱え込んでしまったら、その先にポジティブな要素は見つけづらい。
誰かを頼ること、誰かに弱音を吐くこと、誰かに寄り添ってもらうことに身をゆだねるのは決して弱さではないし、心をさらけだせる誰かがいるならば、差し出されたその手を握ることに躊躇いはいらないのだ。
ボクはいつかの日、そう気づかせてもらったことがある。
そう気づかせてくれた人が在る。
そうして、今のボクが在る。
だから――

「O様、ひなちゃんの為にも無理は禁物です。今はしっかりと腰痛を治して下さい。そうしてまた行きましょうよ。ひなちゃんとのお散歩に」

≪ね、ひなちゃん≫

「ウオンッ!」

〈続く〉

あなた様とあなた様の大切な存在が
今も明日もLucky Lifeを送れますように

富山桃吉