「これ以上見張ってて頂くのは忍びないので、どうぞ、もうその場を離れてください」
私の言葉に、電話相手の男性は混乱を来したようで、苦笑交じりにいいました。
「飼い主さん、意味が分からないですよ。飼い猫のこと、捕まえたくないんですか?」
「そんなことはありません」
「でしょ? だから、見張ってますっていってるじゃないですか。早く来て、捕まえてあげてくださいよ」
「お気遣いは本当にありがたいのですが……もしかしたら、直ぐには、そちらに行けないかもしれないのです」
「は? なぜですか?」
「新たな目撃情報の猫を、先に確認しに行こうと思うので」
「いい加減にしてくださいよ。こっちが先に電話をしたのに……」
私の態度に揺さぶられている男性は、これまた失言を繰り返していることに気づいていないようです。
その滑稽さをつつくように、私は指摘しました。
「お言葉ですが、先か後かは、重要な問題ではないのですよ。急を要する方を優先して、確認に行きたいのです」
「だから! こっちの猫は今、狭い隙間に入ったきり出てこないから、捕まえるチャンスだっていってるわけですよ!」
「それでも、新たな目撃情報の猫を確認することが先なのです」
「ああ!? なんでだって!?」
とうとう怒りに任せた口調になったので、勿体を付けていた言葉を私は告げました。
「新たな目撃情報を頂けた方はですね、まさに今、猫を保護してくれているからです」
これ以上の反論は、もう無理だと悟ったのでしょう。
男性は、すっかり言葉を失っています。
私は追い込みをかけました。
「保護なさってくれているとはいえ、先ほどもいいましたが、やはり、飼い主である自分の目で確認しないことには、本当にうちの猫かどうかは分かりません。ですので、万が一違う猫だったら、今度こそ、そちらのコインパーキングに向かいたいと思います。それまで見張って頂くのは忍びないので、どうぞ、もうその場を離れてくださいと申し上げた次第です。ご理解ください」
男性は相変わらず無言のままでしたが、親切な目撃情報提供者ではないとの確信を得るために、私は止めの言葉を放ちました。
「今から確認に行く猫が、うちの猫かそうではないのか……。どちらにせよ、こうしてせっかくお電話をくださったので、結果を連絡させて頂ければと思います。よろしければ、電話番号をお教え願えますか?」
そこまで私がいうと、電話の向こうから舌打ちらしき音が聞こえてきて、突然に電話は切れました。
私はとりあえず、私を捜し回っている男たちの罠にかからずに済んだようです。
〈続く〉
あなた様とあなた様の大切な存在が
今も明日もLucky Lifeを送れますように
富山桃吉